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私たちはどうして「自分探し」を続けるのか。

  • コーチング

NKJ52 taketomishima500

わたし達は「自分探し」のために生きていると言っても過言ではありません。「自分を知る」と言い換えてもいいでしょう。人間関係、ビジネス、人生の成功において自分を知ることは原点回帰であり、ひとつのゴールでもあります。

「自分のことはもう十分すぎるほどわかっている」と言いたいところですが、自分を知ることはそうかんたんなことではないようです。「自分は怠惰な人間だ」と言うことはできますが、「なぜ怠惰になってしまうのか?」と聞かれるとわからない。ここにあるもう一歩踏み込んだ理解が必要です。

この理解の助けになる考え方をひとつ紹介します。

自分のなかの欠落感

人は幼少期の体験からある「欠落感」を抱きます。その正体は、「〇〇するのは良くない」というメッセージによって自ら禁止した「ありのままの自分」です。ありのままの自分であることを禁止し、それによって満たされなかった欲求は「わたしには何かが欠けている」という欠落感を生み出します。

この欠落感は、成長の過程で巧妙に隠され自覚することは難しいのですが、「何かが欠けている」という不安はその人の感情や反応に大きな影響を与えます。理由のない不安。これを解消するために人は偽の欲求を創りだします。「この欲求が満たされているうちは不安を感じずに済む。」こうして一時的な安心を得ようとします。しかし、根源的な欠落感は何も満たされていないため、人は得体のしれない不安に悩まされ続けることになります。

自分探し="ありのままの自分"の再発見

欠落感はそもそも"ありのままの自分"を禁止したことから始まったのでした。すなわち、欠落感を埋めるには"ありのままの自分"をもう一度見直し、受け入れる必要がありそうです。実はこの"ありのままの自分"は、自身を突き動かす原動力であり、エネルギーの源となるものなのです。そして、"ありのままの自分"を再発見することこそが「自分探し」であり、「自分を知る」ということです。

わたしの場合、「怠惰である」という性格は、自分の意欲(エネルギー)と意識のつながりを失ったことによるエネルギー不足が原因でした。この失ったつながりを補うために、わたしは「人とつながる」という欲求を生み出したようです。その欲求がいつの間にか行動の目的となり、人とつながりを持つため、また"ありのままの自分"の感情を意識しないためにあえて葛藤を避け、『擬態』と呼ばれる相手に合わせる行動を取るようになったのでした。

殻を破り、本当の自分を受け入れる

"ありのままの自分"を禁止したことで生まれた欠落感は、"ありのままの自分"を守る『殻』だと考えることもできます。ちょうど卵の黄身と殻の関係のようなものです。殻を割ってみるまで中身がどうなっているかわからないように、"ありのままの自分"が自分にどのような影響を与えるかはわかりません。幼少期から固く閉ざされていただけに、自分に想像のできない感覚であろうことは予想されますが。

欠落感に気づき、"ありのままの自分"を発見することが「自分を知る」ことならば、"ありのままの自分"を受け入れることは「自分を活かす」という次のステージにあたります。そういった意味で「自分探し」とは、人生をかけて取り組む価値のある一大事業だと言えるのではないでしょうか。

    最後まで読んでいただき ありがとうございました。

    何か一言添えてシェアしていただけると幸いです。

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