Opus 1123

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【読んだ】丕緒の鳥 (十二国記)

  • 読書感想文

Hisho no tori

本を開いてまず驚いたのが、わたしのなかにある十二国記の世界観がまったく色あせていなかったという事実。気がつけば12年も経っていた。それなのに書き出しの数行を読むだけで、この作品の背景、登場人物の生い立ちや口調までもがすぐさま蘇ってきた。

本書『丕緒の鳥』では初めて、荒廃する国で生きる民の生活に焦点が当てられている。そのため、これまで王や麒麟といった雲の上の存在しか明らかになっていなかった十二国記の世界観に、さらなる厚みを加える作品となった。

収録されている作品は4編。それぞれが独立した話となっている。それぞれの要点を紹介しながら感想を述べていくことにする。

丕緒の鳥

新王即位の礼でおこなわれる「大射」を取り仕切る丕緒(ひしょ)は、この儀式に国のあるべき姿を重ねていた。過去の王たちはその理想から目をそらし、次々と玉座を去っていく。民の想いを王に届けなければならない。その責任の重さに丕緒は思い悩む。

舞台は慶国、新王が登極した直後のお話。これまで描かれてきた慶国がずっと王の目線だったのに対し、短命な王位を看取ってきた民や役人の目線で語られる国の現状には感慨深いものがあった。新王の人となりを知る人には、最後の二人の邂逅に一段と強い思い入れをしてしまうだろうと思う。

落照の獄

法治国家として120年の永きにわたり安泰を保ってきた柳国。この柳国の街に殺人鬼 狩獺(しゅだつ)が現れる。司官の瑛庚(えいこう)は、狩獺のような罪人と王の様子から、国が傾きつつあることを悟る。狩獺に対して殺刑を求める声が挙がるなか、傾きつつある国において殺刑を復活させるべきなのか。

司法による死刑の是非を問うた作品。作中で死刑を「殺刑」と置きかえるのは、問題の根幹を突いていると思う。

殺刑の前例をつくれば殺刑の濫用を招くのではないかという危惧と、被害者家族の心情を思うと殺刑もやむなしという感情の間で揺れ動く。司法の使命は罪人を更生させること、殺刑の濫用を止めることもまた司法の職分。しかし、更生が不可能な罪人に対して司法はどう対処するべきなのか。

現代社会の死刑制度のあり方に一石を投ずる一編。

青条の蘭

北部の山林で山毛欅(ぶな)林が枯れる疫病が発生。山毛欅林が消えれば森の生態系が崩れ、国中が壊滅してしまう。生まれ育った国を救うため、地官の標仲(ひょうちゅう)は最後の希望を手に、王宮へと急ぐ。

手のなかにある希望を信じて、見ず知らずの人達が疫病の特効薬を運ぶ姿に涙がこみ上げ、最後の目的地が明らかになったとき、ぽろぽろと溢れだしてしまった。

4編中唯一、国の名前が出てこないが、十二国記を読んできた読者ならどの国のことなのかわかるはず。国を救うのは王の存在だけではなく、国に生きる国民一人ひとりの力なのだと感じさせる話だった。

風信

先王の暴虐によって家族を失った蓮花(れんか)。故郷を捨ててたどり着いたのは浮世離れした学者達の住む館だった。人々の生活を支える暦をつくることを使命とする彼らに、蓮花の心は癒されていく。

舞台は戻って慶国。暦をつくる仕事をしているのは、十二国記のなかではめずらしい変人たち。ほかの3編の雰囲気が暗かったのに対して、ちょっとした桃源郷のような気の抜けた印象がある。

「……あんな王でも、いるといないのでは違うんだ」という台詞から、この世界において王という存在がどれほど重要か、賢王の登場がどれほど待ち望まれているかを改めて感じた。

さいごに

十二国記シリーズを読んだことのない人は、先に過去の作品を読んでおくことをおすすめする。『月の影 影の海』(絶対上・下巻セットで読むこと!)をだけでもこの世界観はわかってもらえると思う。

すでに十二国記ファンに人にとっては、王や麒麟が出てこないのは不満かもしれないが、今までとは違った視点で見るときっと楽しめるはずだ。

    最後まで読んでいただき ありがとうございました。

    何か一言添えてシェアしていただけると幸いです。

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