【ネタバレ】『向日葵の咲かない夏』のタイトルに隠された本当の意味
「向日葵の咲かない夏」のラストに隠された大オチに気づいた? - NAVER まとめ
改めて読み返してみましたが、やはり両親がミチオを助け、ミチオ(とミカ)だけが生き残った、というのがわたしの解釈です。
それよりも気になったのが、作者である道尾秀介さんのツイート。
@editor_of_ss でもあの作品は、タイトルの意味に言及している人が意外と少ないような気がします。それと、ラストシーンで一緒にいたのが「何」だったのかという点も、読者の方々がどんなふうに解釈しているのか知りたいところです。
— 道尾秀介さん (@michioshusuke) 2012年10月24日
たしかにトリックについて言及したものは数あれど、タイトルの意味について述べたものは見当たりません。そこで、この『向日葵の咲かない夏』というタイトルに焦点を当て、わたしなりに解釈した内容を書いていきます。
作品に登場する向日葵
作中において向日葵は、はっきり言ってそれほど存在感のあるものではありません。事件を解決する重要な要素であることはたしかですが、ガラスの瓶だとか石鹸であるとか、もっと言うと油蝉のほうがわたしには印象的に思えました。
作中で向日葵が初めて登場するのは、ミチオがS君の死体を発見するシーン。
風に吹かれて揺れる、黄土色のカーテンの端が、窓枠の下のほうからちらちらと覗いている。そのちょうど正面に、向日葵がたくさん咲いているのが見えた。(P22)
この向日葵が、S君が死の間際に見た最後の光景になります。
「暗くなっていく視界の中で、きらきら明るく光ってさ。ほんと、まるで神様みたいだった」(P154)
このS君のセリフは、結局はミチオの妄想です。向日葵という花にきらきら光る神様みたいという印象を受けたのでしょう。
次にこの向日葵が登場するのは、S君の自殺に疑問を持った古瀬泰造がS君の家を訪れる場面。ここで向日葵の中に1本だけ咲いていない花があることが明かされます。
あけ放たれた窓の外に、向日葵が咲いている。10株以上はあるだろうか。 (中略) 巾着のように縮こまり、ぶらりと垂れ下がっている葉が一つあるが、きっとあれはアブラムシの仕業だ。よく見ると、その1本だけ花が咲いていない。(P200)
「向日葵が1本、アブラムシにやられてますね。葉がひらく前に、奴らにつかれると、ああやって葉が巻いてしまうんですよ、巾着みたいに。花が咲いていないのも、そのせいでしょう」(P204)
アブラムシのせいで花が咲かないことはつまり、過去の出来事が成長を妨げてしまうことを暗示しています。
咲かなかった向日葵は、ミチオ?
作品の冒頭、終業式のホームルームのシーンで、夏休みを前に浮かれるクラスメートとは対象に、非常にナイーブになっているミチオが描かれています。あまりのギャップに、はじめは「ミチオは実は、すでに死んでいるんじゃないか」と予想しました。
この対比が、後に向日葵を用いて表現されているのではないでしょうか。
つまり、
- わいわいと騒ぐクラスメート = 満開の向日葵
- 心を閉ざしたミチオ = 咲かない向日葵
という対比です。
ミチオには、自分のいたずらのせいで妹を殺してしまったという過去があり、それがトラウマとなって心の成長を曲げてしまった、と考えられます。
死者が別の生き物に生まれ変わる妄想をミチオが持ち始めたのは、妹が死んだ直後からだからです。
さらに、自分の言葉が原因でS君が自殺してしまったという事実がミチオの心を完全に壊してしまいます。彼は「S君は殺された」「S君が自分の死体を取り返してほしいと願っている」というシナリオを作って自分の心を守ろうとしますが、最後の最後で耐え切れなくなり、部屋に火を点け自殺を図ります。
そのとき溢れた心の声が次のセリフ。
「僕だけじゃない。誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。自分だけの物語の中に。その物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、何かを忘れようとしているじゃないか」
アブラムシにつかれたせいで、巾着のように縮こまった葉は、殻に入ってしまったミチオの心を暗示しているのではないでしょうか。
結論と、もう一つの推測
『向日葵の咲かない夏』とは、過去のトラウマによって心を閉ざしてしまったミチオを意味しており、ごく一般的な子どもとミチオの、光と闇を対比している。
あともう一つ、ラストシーンで一緒にいたのが「何」だったのかという問い。
ミチオをかばって死んだ両親が何かに生まれ変わったとすれば、作中にあるように、お父さんはカメ、お母さんはカマキリになったと考えられますが、あのラストシーンにおいてなんだか違和感があります。
もしかしたら、2人は油蝉になったのかもしれません。そして、その夏の終わりに油蝉が死に、翌年トカゲが死んでも次に生まれ変わらなかったことから、ミチオは一人で生きていくことを決心したのだと思います。